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柳本浩市さんのこと

柳本浩市さんが亡くなったそうだ。

いつも精力的な柳本さんに死んでしまうイメージなどないから(すべての人がそうだが)、昨日カルロス武井くんから連絡が入った時、何かの間違いじゃないかと思った。

「だって3月3日Facebook投稿しているよ」

電話で武井くんと話している時、まるで死を振り払うかのような突っぱねた返事をしてしまった。

それから様々な人たちから連絡が入ってきて、柳本さんの妹さんが兄の死についてfacebookで触れている文章を会社に向かう途中にバスに揺られながら読んでいる時、ようやく柳本さんの死が実感としてやってきた。

 

柳本さんを直接知らない人に、彼のことを説明するのは難しい。

カルロスくんは「教授」と呼んでいたし、デザインに関係する人たちから尊敬を集めていたし、僕は畏怖していたからだ。

 

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日本有数のコレクター(それも本やインテリアやプロダクトなど多岐にわたる)である柳本さんの噂は編集者のなかでも有名だった。

「本屋に行ったら端から端まで一棚買って帰るらしい」

「幼稚園のとき『domos』(イタリアの建築雑誌)を定期購読していたらしい」

「小学生のとき一千万円をランドセルに入れて通学していたらしい」

「ビンテージジーンズブームを作ったのは柳本さんらしい」

エアマックスブームは柳本さんがはじめたらしい」

柳本さんにまだ会っていなかった28歳の時、嘘か本当かわからない、うわさ話的な「らしい」という単語ばかりが僕の耳に入っていた。

その度に僕は「本当かよ!」と疑ってかからざるをえなかった。

あまりにもすべての逸話が突拍子もなく、自分の想像の斜め上をはるかに超えていたからだ。

自分もそんじょそこらの古本好きとは訳が違う人間だと思っていた。だからこそ「柳本さんは十万冊以上本を持っているらしい」などと聞くと、一生懸命読書してきたにもかかわらず二万冊も持っていない僕は、そんなバカなと打ち消してしまうしかない。それは結局のところ、自分より知識のありそうな柳本さんに勝てない何かを感じていたからで、底知れぬ康芳夫のような柳本さんのスケールの大きさにおびえていたといえるだろう。

 

 

一番の思い出は、ちょうど知り合ったばかりの2006年、オランダに一緒に行ったときのことだ。

雑誌の仕事で柳本さんがオランダの町歩きをし紹介していくという企画に僕が同行することになった。

いまだから話すが、この同伴旅行で僕は彼の信憑性を暴こうと思ってワクワクしていた。どれだけ柳本神話が本当なのか、自分の目で確かめようと思っていたのだ。

なかでも柳本さんが僕に話してくれて、非常に気になっていたのは、

「1時間しか寝ない」

というエピソードだった。

ものぐさな僕はいまでもショートスリーパーに憧れがある。ショートスリーパーになれば本もゲームも映画もバンバン見れるし、好きなこと、やりたいことに時間をあふれんばかりに注ぐことができる。だが僕はいまだ7時間寝ないと顔面蒼白、フラフラになってしまい、20代のペンネームも「小安眠平」(おやす みんぺい)という人間だ。

いまだ短時間睡眠を徹底できない僕は、寝ないで活動できるという人に並々ならぬ関心を覚えてしまう。

ましてや柳本さんはナポレオンの3時間睡眠をも超える1時間睡眠というのだから、俄然興味は高まっていた。

「この旅行中、実際に自分の目で確かめてやるぞ」

担当編集者にしては最低だが、まるで事件を追う刑事のように、数々のうわさが本当なのかどうか、真実をつかもうと意気込んでいた。

幸運にも、当時オランダは大規模な展示会が行われておりホテルが満室。僕と柳本さんは場末のホテルで同室という、奇跡のような出来事が出発前に起きた。

「うーん、ロイドホテルに泊まりたかったのですが仕方ないですね〜」

「どうもすみません。1時間睡眠を間近で見れて光栄です!」

残念そうな柳本さんを尻目に、僕は小躍りしてほくそ笑んでいた。これで柳本神話の真実に一つに近づけるというわけだ。

飛行機でオランダに向かう途中も隣の席だった僕は、本を読むふりして柳本さんが眠らないかチラチラ伺ったりして、「まだ眠らないんですか?」「本当は6時間くらい寝ちゃうんじゃないですか? もし眠かったら言ってくださいね」と失礼&正直ウザい発言をしつつ、眠っている様子を撮影しようと狙っていた。

それにも関わらず見事に爆睡してしまい、数時間後僕が目を覚ました時、柳本さんは優雅にエットレ・ソットサスの本を読んでいて、この人は本当に一睡も眠らなかったのかしらと驚いたことをよく覚えている。

 

 

到着後、一日市内を取材で歩き回りホテルに戻ってきた僕は、時差もあってフラフラになっていた。部屋に着くなりベッドに倒れ込み、横になりながら今日買った戦利品を並べている柳本さんの様子を眺めていた。

「草彅さん、眠っていいですよ。僕は起きて作業をしているのでうるさいかもしれないですが」

「いえいえ、遠慮なく起きててください。しかし本当に眠くならないんですねえ」

気を遣ってくれる柳本さんとたわいもない会話をしながら、そのまま僕は眠ってしまった。今夜こそ見届けようとさっきまで気を張っていたにも関らず、意志薄弱まさに極まりであった。

 

何十分、何時間が経っただろう。

ドバドバという音が聞こえる。

気のせいかと思ってもゴボゴボとかビシャビシャという音がする。

気になって薄目をあけると、薄暗い中で柳本さんが洗面台に向かって一生懸命手を動かしていた。

よく目を凝らすと昼間買ってきた調味料や洗剤の中身だけを流して捨てている。

重量のかさむ中身を捨てて、パッケージだけを持ち帰る準備をしているのだ。

中身を抜かれたパッケージはサランラップに巻かれて綺麗に梱包され、スーツケースに仕舞われていく。

「プロダクト製品を毎回大量に買っては日本に持って帰り、倉庫に送ってコレクションしているのですよ」と道中喋っていた柳本さんの話を思い出した。

空のスーツケースで旅先に向かい、大量の商品を持ち帰ってきて、ラベルをつけて何万と収集しているという柳本神話は本当だったのだ。

夢か現実かわからない景色を見ながら、僕は柳本さんに衝撃を覚えていた。こういうマメな作業を日々淡々と実行できるコレクターがこの世に存在しているのだ。そしてまったく寝る気配がない。

そのうちに僕は眠ってしまったのだが、起きると柳本さんは一睡もしなかったかのように平然と原稿を書いていて、その化け物みたいなラフスタイルに度肝を抜かれてしまった。僕もいっぱしのコレクター気質だと自惚れていたが、完全に格が違ったのだ。

オランダ滞在中、毎晩僕は闇夜にモゾモゾ動く柳本さんの気配だけを感じながら爆睡を続け、結局のところ彼が眠る姿を実際に見ることができなかったのは、ここに書くまでもない話である。

 

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あんなに眠らなかったのに、と素直に思う。

いまどこかで目をつむって停止している柳本さんがいるというのは僕にとってまったく信じられない話なのだ。

だからこそ、この機会にどうぞゆっくり休んでくださいと願ってしまう。

 

ご冥福をお祈りいたします。