読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

不可思議/wonderboyのドキュメンタリー映画発表について

昨夜、渋谷パルコ2.5Dで「POETRY FES 2014」が開催され、イベントの最後に不可思議/wonderboyのドキュメンタリー映画の発表が突如されました。公開日は12月中旬。監督は関和亮

f:id:hynm_kusanagi:20140708012806p:plain

関監督の名前が発表された際に、会場に静かなどよめきが起こりました。というのもPerfume好き、あーちゃん好きの不可思議/wonderboyにとって、PerfumeのPVを長年撮っている関和亮との組み合わせは、ファンからしてもなんともいえない因縁を感じるものがあったからでしょう。こちらまだ運営元がドタバタしてプレスリリースが出されていないため、ネットニュースなどで大きく報道されていませんが、今後話題になっていくのは間違いありません。なんといっても関監督の初ドキュメンタリー監督作品です。期待するしかないでしょう。

 

で、実はこのドキュメンタリー映画制作の発起人というか言い出しっぺが僕なんですね… 関監督をはじめ大勢の友人知人を巻き込んだので、どうしてこの映画を撮るのか、撮らなければいけないかを、一度僕自説明する必要があるだろうと思っていました。そこで不可思議くんにならって「所信表明演説」をこのブログで書きたいと思います。

 

不可思議/wonderboyの名前は、つい先日きゃりーぱみゅぱみゅTwitterでつぶやいたことで、初めて多くの人に知られたようにも思えます。

f:id:hynm_kusanagi:20140708013850p:plain

 

知らない方はこちらの映像をまずは見てください。


【PV】「Pellicule」by 不可思議/wonderboy - YouTube

 きゃりーが悲しいというのは、彼がすでに4年前に不慮の事故で亡くなってしまっているからですね。享年24歳。彼は自分のことをポエトリーラッパーと名乗っていました。詩は不可思議くん自らによるものです。

 

まず最初に不可思議/wonderboyを僕に教えてくれたのは友人の本山敬一くんでした。彼とは文学や映画、音楽などの趣味の相性がバッチシで、いつも定期的に情報交換するのですが、昨年の春に飲んでいたときに「このラッパーがヤバい!」と不可思議くんを激推ししてくれたんです。その時の僕は、曲を聴いても正直そのストレートすぎるリリックとパフォーマンスが若気の至り的に思えて、ちっとも理解ができませんでした。

「痛々しいラッパー」

不可思議くんの第一印象です。本山くんは「彼は死んで完成したんだよ!そんなラッパーなかなかいないんだけどね…」と残念そうに話してくれたのをよく覚えています。

 

その日ガッカリさせた本山くんには申し訳ないのですが、数日経つとなんだか彼のラップが無性に聴きたくなりました。これはなんだろう? 20代後半にTHA BLUE HERBに熱狂した感覚に似た「なにか」です。動画を検索すると新宿路上ライブの映像がありました。


【路上LIVE】「Pellicule」by 不可思議/wonderboy - YouTube

6人のお客さんを前に凄まじいパフォーマンス。大声で「いつか絶対売れてやるんで! いつか絶対売れてやるんで! この路上ライブのことを自慢してください!!」と6人に向かって叫ぶきわどい姿は生の執着にも似ていて、なぜこんな人が死んでしまったのだろうと、強く疑問に思うと同時に興味を覚えました。

そして谷川俊太郎の詩を歌にした「生きる」の映像を見ました。これは文学好きの僕にガッツリ刺さりました。長年詩に親しんできましたが、高田渡友川かずきばりに詩と音楽が初めてうまく融合しているように思えました。「生きているということ」と連呼しながら「死んでいる」という摩訶不思議なこの事実は何なんでしょうね? 聴いていると涙が出ました。これは間違いなく“文学”なんだな、と思いました。不可思議くんをヒップホップとして聴くと「痛い人」になりますが、「文学」として聴くとしっくりきたんですね。

 

【LIVE】生きる by 不可思議/wonderboy - YouTube

 

なんでこんな生きたいと言っている人が死んでしまったのだろう? 最初はそんな素朴な疑問から夢中になって聴きました。

「死後の世界には興味がない」(「火の鳥」)

「死ぬ気でやれば生は輝く」(「火の鳥」)

「今までの人生で一度でも自信を持って何かを成し遂げたことがあるだろうか?」(「暗闇が欲しい」)

リリックも生の輝きに満ちあふれています。これがまた彼が死んでいることで不思議な余韻を耳に残します。でも途中から彼の生き様こそが素晴らしいとも気づきました。聴いているうちに他のラッパーと不可思議くんのパフォーマンスがまったく違う、「覚悟」が違うことが分かってきました。だから文字通り必死に、死をもって歌い上げている。そんな文学者的な側面に魅かれていきました。

 

僕は世間的には会社経営者みたいな位置づけですが、本来は文学好きであり編集者です。文学のために何かしたいと日々思っているので、日本近代文学館にBUNDANを作ったもしました。そんな両方の気質から、不可思議くんの全貌を理解したときに、彼のことは丁寧に記録を残しておく必要があると感じました。というか生前の彼を知らない僕からすると、素直に“知りたい”訳です。なんだか不可思議くんが未だに生きているような気がしてならないのは、おそらく僕が生前の活躍している頃の姿を知らずにyoutubeで存在を見知ったからでしょうね。それでもし過去の映像があるのなら、まとめてみたいと思うようになりました。

よく死んだ人を題材に作品を作ろうとすると死者をもてあそぶな的な指摘をする人がいますが、不可思議くんは日本の音楽史の中に、いや文学史の中にきっちり残す必要はあるように思いました。その必要性があるのにされていないのであれば、これは僕の仕事(ビジネスの意味ではなく)ではないかと思った部分もあります。

決意してから日々の忙しさにかまけて1年ほど経ちましたが、少しずつ協力してくれる方々が集まり、以前から不可思議くんを好きだった関監督とLOW HIGH WHO?プロダクションのレーベルオーナーであるparanerlさんに了解を頂きました。こうして現在の制作体制が固まり、昨夜のドキュメンタリー映画制作の発表に至った、という訳です。

f:id:hynm_kusanagi:20140708163801j:plain

こちらはある撮影日の光景。
写真の右から
paranerlさん、関監督、コピー周りを書いてもらっている高木新平くん、プロデューサーの草彅洋平です。その他にも多くのボランティアのメンバーでこのプロジェクトは進んでいます。有志で集まった手弁当の映画製作現場ですね。

だからこそ不可思議/wonderboyが好きな人、好きになってくれた人は是非とも何らかのご協力をお願いしたいです。この映画は不可思議/wonderboyを蘇らせる映画なのですが、それには不可思議/wonderboyを好きな人がたくさん必要なのです。そんな仲間たちで新たな物語を作りたいと考えています。という訳で興味を覚えた方はメッセージを待っています!